監督紹介

川本 貴弘(映画監督)

わたしが、なぜ映画化を考えるようになったのか!

2010年5月、たくさんの人に惜しまれつつ亡くなった中学教師がいた。

蒲益男(かばますお)、享年58歳。 彼の葬儀には、教え子だけでなく、世代や職業を超えた多くの人が集 まり、参列者は皆、号泣していたという。

これほどまでに惜しまれる教師とは一体どのような人物だったのか?

当時の彼をよく知る為に、彼の教師の原点でもある町、大阪は西成区の中学校で 取材をしたところ、1980年代を蒲先生と共に過ご した同僚教師と卒業生から話を聞くことができました…。

そこで見聞きした〈人との距離感〉に驚き、羨望に近いものを感じたのです。30年以上も前のことをまるで昨日の出来事のように話す教師と生徒のあいだには、「教育者と学び手」、「大人と子ども」ではない、互 いが『人として対等』であり、切に向き合ってきたであろう人間関係 が築かれていることが安易に想像出来ました。

当時の西成区の中学でどのような学校生活が送られていたのか、聞けば聞くほど、広く大勢に知って欲しいという思いが強くなったのです。

わたしは、この映画を現役の教師、多感な時 期を迎えた子ども達、その親御さんなど、1人でも多くの学校・教育 関係者に鑑賞していただきたいという思いを込めて日々制作に取り組 み、この作品を全国の学校や関連施設などを巡り上映を目指します。

 

《プロフィール》

1973年 9月14日 京都市(伏見区)生まれ。

 

96年 京都にて 独学で映像制作を学び フリーのディレクターとし、吉本興業芸人(主に 幼なじみである 吉田敬 ブラックマヨネーズ)の 劇場用VTRやコント等を制作する。

 

97年 ブラックマヨネーズ吉田敬と共同制作した 自主制作映画【ドラゴンマーケット】で監督デビュー。第3回インディーズ・ムービー・フェスティバルで審査員特別賞受賞。

 

01年 ロックバンド騒音寺のPV集【ビッグ・シット・カミン】を監督し、500本を売り上げる。

 

03年 活動拠点を関東に移し、商業ディレクターとして活動。

 

05年 劇場公開映画【秋桜残香】を監督し商業監督デビュー。

 

07年 商業ディレクターを辞めフリーのディレクターに戻り、トラックの運転手や職人業の仕事をしながら、再び自主で映像を制作する。

 

08年 実家を担保に資金を集め、自主制作として長編映画【傘の下】の制作を始める。

 

12年 長編映画【傘の下】をプロデューサー/監督として完成させ 劇場での公開もする。

 

14年 【かば~西成を生きた教師と生徒ら~】制作始動!

 

《フィルモグラフィー》

97年 映画【ドラゴンマーケット】制作/監督/脚本(自主制作作品)

 

99年 映画【ぶっちぎりパラダイス】制作/監督/脚本(自主制作作品)
映画【皆殺しのバラード】制作/監督/脚本(自主制作作品)
騒音寺PV【裸の街】【下宿ハウスロック】監督。(自主制作作品)

 

01年 騒音寺PV集【ビック・シット・カミン】監督。(商業制作作品)

 

03年 映画【イメージの映画】監督/脚本。(商業制作作品)

 

05年 映画【秋桜残香】監督。(商業制作作品)

 

06年 映画【ハードレイン】制作/監督/脚本。(自主制作作品)

 

08年 騒音寺PV【karasu on my shoulder】監督。(商業制作作品)

 

11年 騒音寺PV【いい暮らし求ム】【大阪ジョンガラ考】監督。(商業制作作品)

 

12年 映画【傘の下】制作/監督/脚本。(自主制作作品)
《YouTube予告編》
映画『傘の下』予告編
「傘の下」予告編1
「傘の下」予告編2
「傘の下」予告編3
映画「傘の下」川本貴弘監督&主演 大川裕明インタビュー