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1985年…バブル景気を迎えた⽇本に、世の中の⽭盾が集まったかのような地域があった。

⼤阪・⻄成。

釜ヶ崎、被差別部落が隣接する⻄成区北部では、差別と偏⾒にも負けず、たくましく⾃分たちの⽣き⽅を模索している⼦どもたちが多くいた。

そんな⼦どもたちと向き合い正⾯からぶつかっていった教師たちの物語。

加藤愛(24)は臨時の保健体育教員として、⼤阪は⻄成にある中学校にやってきた。

学年の中でも特に厄介な3年⽣を受け持つことになった加藤先⽣は、同じクラスの担任である蒲先⽣(36)に付き添われ意気揚々と教室に⼊っていくが、呆気なく出端を挫かれた。

野球部キャプテンの繁(15)を筆頭にクラスの半分以上の⽣徒たちが教壇に背を向けて座っている、
そんな反抗的な⽣徒たちの出迎えにどうしていいか分からず泣き出す加藤先⽣。

授業でグラウンドに⽴つも、部落 対 在⽇・沖縄などといったドッジボールの試合を勝⼿に行うなど、
この学校特有の雰囲気について行けずに度々保健室で寝込んでしまう…。

⽇に⽇に⾃信を無くしていく加藤先⽣に、蒲先⽣は「今、⼦どもらは加藤先⽣を試しとるんや。
ここで挫けたら⼦どもらとの信頼関係は築けんわなぁ…ただ教師と⽣徒の関係ではアカンねん。」と教えられ、⼤学時代に活躍した得意の野球で⼦どもたちと向き合うことを勧められる。

繁が率いる野球部のコーチを恐る恐る引き受ける加藤先⽣に、「⼥なんかに野球が出来るんかい⁉」とツッパる部員たち。

ここでも試してやろうとバッターボックスの加藤先⽣へ顔⾯めがけてボールを投げるピッチャー繁だったが、バットを握るや様相一変、加藤先⽣のスイングは強烈で、中学⽣の投げるボールなど軽々と場外へ放った。

次々に鋭い打球を⾶ばす加藤先⽣に呆気にとられた⽣徒たちも、気づけば加藤先⽣を、親しみを込めてチャーコと呼ぶようになっていた。

シンナーを吸う⽣徒や登校拒否の⽣徒には親御さんと力を合わせ、悪事を働いた生徒であっても警察には絶対渡さない蒲先⽣。

卒業した生徒にも真摯に向き合う先輩先⽣の後ろ姿。

少々乱暴なところもあるが、先輩先⽣たちの親⾝で体当たりな教育を⼿本に、加藤先⽣も必死で⼦どもたちと向き合っていくのであった。